開業3か月の憂鬱と、SNS時代の片隅で思うこと

皆さんこんにちは、キャットハウスたんたんです。
中年にして新たな挑戦として始めた猫のブリーディングも、気づけば開業から3か月が過ぎました。
今回は、そんな節目に感じたことや日々の出来事を少し綴ってみようと思います。

3の倍数とスランプの奇妙な関係

開業から3か月。
昔から「3日、3月、3年」と、3の倍数は物事の節目や変化の節目になりがちですが、私もその例に漏れず、一種のスランプに陥ってしまいました。
やらなければならないことは山ほどあるのに、どうにもこうにも手につかない。この停滞感も、3か月という数字がもたらすアノマリーなのでしょうか。

本日は選挙の投票日、私も一票を投じてきました。
どの政党が躍進するにせよ、この国が抱える30年間の経済停滞もまた、ひとつの「3の倍数」です。
この長い長い停滞が、今回の選挙を機に良い方向へ変わってくれることを、切に願うばかりです。

画面の向こうの温もりと、SNS疲れの壁

スランプの原因は何かと考えてみると、一つ思い当たる節があります。それは、いわゆるSNS疲れではないかと。

実際の会話や、猫とのふれあいがもたらす温かいコミュニケーションとは対極にあるSNS。
写真や短い動画の投稿だけでは、実際に人と会って交わす言葉やふれあいと違い、どうしても一方通行になってしまうもどかしさがあります。

この子たちの柔らかな毛並み、腕の中で喉を鳴らす振動、無邪気な仕草。
会ってもらえさえすれば、その素晴らしさは一瞬で分かってもらえる自信があります。しかし、その「会ってもらう」という段階にたどり着くまでの道のりが、あまりにも遠く感じられるのです…

時代遅れの回覧板と、人付き合いの「さじ加減」

私が住むこの地域には、今どき珍しく「回覧板」の習慣が残っています。
正直なところ、引っ越してきた当初は

「なぜこんな時代遅れのものを…」

と、少々面倒に感じていました。しかし、最近になって、これも悪いことばかりではないなと思い直しています。

顔を合わせ、一言二言言葉を交わす。
そうした最低限の関わりが、良くも悪くも地域というコミュニティを醸成している。もちろん、人付き合いの煩わしさは常にトレードオフの関係にありますが、完全に孤立するのとは違う、緩やかな繋がりがそこにはあります。

ネットの世界には様々な制約があり、誤解も生まれやすい。
そんなSNS時代を生きる我々には、この回覧板が持つような、付かず離れずの「いい匙加減」で人付き合いをしていく能力が、実は一番求められているのかもしれない。そんなことを、ぼんやりと考える今日この頃です。

猫との生活は、日々が発見と反省の繰り返しです。
その中で自分自身の在り方や、人とのつながりについても、深く考えることが増えてきました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。